東京地方裁判所 平成6年(ワ)13711号 判決 1996年11月22日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告らは、原告に対し、各自七五六七万四一一八円及び内金四七九三万一九二一円に対して被告日本生命保険相互会社については平成六年八月九日から、被告株式会社東京三菱銀行については同月六日から、内金二七七四万二一九七円に対して平成八年九月四日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告日本生命保険相互会社は、原告に対し、一億四七九〇万一六〇〇円及びこれに対する平成六年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告株式会社東京三菱銀行(以下「被告銀行」という。)から金員を借り入れ、これを保険料等の支払に充てて被告日本生命保険相互会社(以下「被告保険会社」という。)との間で変額保険契約を締結した原告が、変額保険契約の錯誤による無効又は詐欺による取消しを主張して、被告保険会社に対し保険料の返還を求めるとともに、被告銀行と被告保険会社の各担当者の勧誘行為が共同不法行為であると主張して、被告らに対し使用者責任に基づく損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等(認定事実には証拠を掲げる。)
1 被告保険会社は、生命保険を主たる業とする相互会社であり、被告銀行は、金融を主たる業とする株式会社である。
2 原告やその妻西郷静子(以下「静子」という。)及び長男西郷和義(以下「和義」という。)に対して変額保険に加入するよう勧誘したのは、被告保険会社の従業員高橋イチ(以下「高橋」という。)及び坂中良夫(以下「坂中」という。)であり、被告銀行の担当者は阿部豊(以下「阿部」という。)であった。
高橋は、昭和六二年に変額保険の販売資格者登録を行った外務員であり、坂中は、昭和六一年一〇月に同登録を行い、平成二年当時、被告保険会社の渋谷支社三軒茶家営業部の支部長の職にあった者である(乙第六、第七号証)。
阿部は、平成二年当時、被告銀行玉川支店長付の職にあった従業員である。
3 原告は、被告保険会社との間で、平成二年八月一日、別紙保険目録記載一の一時払変額保険契約を、同年九月三日、同目録記載二の一時払変額保険を締結し(以下、同目録記載の各保険契約を併せて「本件変額保険契約」という。)、同日、被告保険会社に対し、保険料合計一億四七九〇万一六〇〇円を支払った(乙第二、第三号証)。
4 原告は、同年八月二九日、被告銀行から、最終返済期限を平成一二年八月二六日、利率を年7.9パーセントの変動金利、利息の支払を毎月二六日と定めて一億五八〇〇万円を借り入れるローン契約を締結し、右借入金の金利の支払のため、被告銀行との間で、一億三〇〇〇万円の融資枠を設定する当座貸越契約を締結した(以下、ローン契約と当座貸越契約とを併せて「本件消費貸借契約」という。丙第一号証の一及び二、第二ないし第五号証)。
原告は、右借入金を前記3の本件変額保険契約の保険料の支払に充てた(甲第三一号証)。
さらに、原告は、本件消費貸借契約につき、被告銀行に対して保証したダイヤモンド信用保証株式会社に対し、別紙物件目録記載一ないし三の各不動産(以下「本件不動産」という。)について、極度額を三億一六八〇万円とする根抵当権を設定した(甲第二八ないし第三〇号証、丙第六及び第七号証、第八号証の一及び二、第九号証、第一一号証)。
5 変額保険は、保険契約の保険金額が資産の運用実績に基づいて増減する仕組みの保険であり、将来的に資産の運用実績が当初の予定を上回れば、被保険者が死亡した場合、当初約定の基本保険金に加えて、変額保険金が支払われる。死亡時における右基本保険金額は最低保証される。
変額保険においては資産運用の結果によって保険金が増減するため、保険会社は、特別勘定を設けてその資産を他の資産とは独立して国内株式及び国内公社債を中心として運用している。
変額保険に加入することは高い収益性を期待できるが、一方では株価の低下や為替の変動等による投資リスクを負う。すなわち、変額保険では資産運用の結果が直接保険金額に反映されるところから、資産運用の成果とリスクがともに保険契約者に帰属するものである。
二 争点
1 原告は、本件変額保険契約を締結する際、変額保険の仕組みや危険性を認識しておらず、相続税対策として有効であって絶対に損失を被ることのない安全な商品であると誤信していたか。
2 被告の従業員は、原告に対し、本件変額保険契約の締結に当たり、変額保険の仕組みや危険性を説明せず、相続税対策としての有利性や特別勘定の運用実績が九パーセントを下回らないことなどを強調して違法な勧誘行為を行ったか。
三 原告の主張
1 本件変額保険契約の締結に至る経緯
(一)(1) 平成二年三月末ころ、静子が、かねてから親交のあった高橋に対し、相続税の心配をしている旨の話をしたところ、高橋、同年四月上旬、静子に対し、被告保険会社に相続税対策の制度があると述べ、同月中旬ころ、坂中を伴って原告方を訪れた。
坂中がこのとき持参した書類は、「生命保険を利用した相続税対策」と題するシミュレーション表、相続税対策として巨額な生命保険を利用することがいかに有効なものであるかを説明した資料、切り抜き記事、相続税の負担についての早見表及び相続税についての国税庁の説明資料であった。右シミュレーション表は、被保険者を原告(基本保険金二億円)とし、運用利回りを九パーセントとしたもの及び被保険者を原告(基本保険金一億五〇〇〇万円)及び静子(基本保険金五〇〇〇万円)としたものであった。
坂中は、まず、原告夫妻に対し、原告所有の本件不動産の相続税評価額を算出し、相続税対策として変額保険に加入するよう提案した。それから、変額保険の概要について、保険料一括払込みの終身加入の制度であり、保険料は銀行が本件不動産を担保にして貸し付けること、右貸付けに伴う利息もまた銀行が貸すことを述べ、右シミュレーション表のうち被保険者を原告としたものを用いて、保険料を銀行から借り入れて変額保険に加入した場合の借入元利金、保険金額及び相続税の概算の長期的推移について、五年後、一〇年後及び一五年後のいずれの時点において相続が開始しても、支払われる保険金が借入金元利合計と相続税を支払ってなお余りあるとし、変額保険に加入した場合としなかった場合との差額を示した。さらに、坂中は、被保険者を原告及び静子とした場合のシミュレーション表も示し、同様の説明をした。
このとき、坂中は、変額保険の危険性については一切説明せず、右シミュレーション表では大蔵省の指導により九パーセントを超える運用利回りを表示することは禁じられており、実際の運用利回りは一〇パーセント以上であってそれを下回ることは絶対にないと述べた。また、坂中は、被告保険会社は日本の生命保険会社というよりは世界の生命保険会社であるから、絶対に安心してよいと述べ、変額保険の有利性のみを強調した。
(2) 右来訪の数日後、坂中及び高橋は、原告方を再訪し、和義に対しても同様の説明をした。
(3) さらに数日後である平成二年四月下旬ころ、坂中は、四月二二日付けの新しいシミュレーション表を持参して原告方を訪れた。このシミュレーション表は、被保険者を原告(基本保険金二億円)及び静子(基本保険金五〇〇〇万円)とした場合の資料であった。
坂中は、原告夫妻に対し、このときも右(1)と同様の説明をし、運用利回りが常に銀行の貸付利息を上回るから安心してよいと述べた。
(4) 坂中及び高橋は、同年六月上旬にもまた原告方を訪れ、坂中が原告に対し、新しいシミュレーション表について説明をした。これは、被保険者を原告及び静子とした場合のものに加えて、被保険者を原告と和義として加入する場合のものであり、その際、坂中は、再び、自己資金は一切不要であることを強調して、変額保険に加入するよう勧誘した。
(5) 坂中及び高橋は、同年六月下旬、原告方を訪れ、右同様の説明を行った。
このとき坂中及び高橋は、「西郷様相続対策プラン」と題する書面を持参した。これは、被保険者を原告及び静子とした場合を総合プラン、被保険者を原告のみとした場合を単独プランとして、それぞれの場合につき、原告及び静子の相続開始の先後等によってさらに場合分けをして各長期推移を説明する資料であった。
(6) さらに数日後、坂中及び高橋は、阿部を伴って原告方を訪れた。
坂中は、阿部の面前で、原告に対し、融資一体型の変額保険は自己資金を全く必要とせず、多額の保険料は銀行が本件不動産を担保として貸し付け、利息も銀行が貸してくれること、右借入金の元利合計は死亡時の保険金でまかなうことができ、その余剰金で相続税及び所得税を支払えることを説明し、変額保険への加入が相続税対策として極めて有利な手段であることを強調した。
阿部は、坂中の右説明を補足訂正することなく、原告に対し、変額保険に限って右説明のように取り扱うようになっていると述べた。担保に供した本件不動産を失うことを危惧する原告に対し、坂中及び阿部は、そのようなことは変額保険に入っている限り絶対にないと明言し、また、自己資金の要否についても、坂中は、シミュレーション表では保険会社の運用利回りを九パーセントと表示してあるが、実際はそれ以上であり、銀行の貸付利息を絶対に上回るので安心してよいこと、被告保険会社は世界の生命保険会社であるから運用についての心配は無用である旨強調した。
(7) 数日中、坂中、高橋及び阿部はまた原告方を訪れ、和義に対しても右同様の説明をした。
(二)(1) 以上の勧誘経過において、坂中が繰り返し原告に対して説明したのは、保険料は本件不動産を担保にして銀行が貸し付け、利息もまた銀行が貸すから、自己資金は一切不要であること、相続が開始した時に支払われる保険金をもって借入金の元利合計と相続税を支払ってなお余りあるということであった。そして、坂中は、変額保険の運用実績が常に銀行の貸付利息を上回ること、シミュレーション表では大蔵省の指導により九パーセントを超える運用利回りを表示することができないが、実際には一〇パーセント以上の利回りであること、借金が嵩んで本件不動産を失うようなことは変額保険に入っている限り絶対にあり得ないことを力説して変額保険の有利性のみを強調し、その危険性については一切触れなかった。
(2) 原告は、坂中や高橋から本件保険契約締結前に設計書やパンフレットの交付を受けたことはない。坂中が交付したのは変額保険の有利性のみを強調した前記シミュレーション表等だけであって、危険性について説明したものは一切なかった。原告は、研究者として、取得した資料は種類別に整理して保存する習慣があり、散失することは絶対にあり得ない。
なお、原告は、高橋から、本件保険契約締結後の平成二年九月下旬、変額保険のパンフレット等を渡された。
2 錯誤による無効又は詐欺による取消し(争点1)
(一) 原告は、変額保険について、坂中及び阿部から前記のような説明を受けた結果、損失を被る危険性についての認識をもたず、相続税対策として有効かつ安全なものと誤信して、本件変額保険契約を締結し、被告銀行から一億五八〇〇万円を借り入れ、被告保険会社に対し、保険料として合計一億四七九〇万一六〇〇円を支払った。
したがって、本件変額保険契約の締結に関する原告の意思表示は、要素の錯誤に基づくもので無効である。
また、右意思表示は、被告保険会社の従業員の前記のような虚偽の説明により右のように誤信した結果されたもので、詐欺によるものであるから、原告は、本件訴状をもって、これを取り消す。
(二) よって、原告は、被告保険会社に対し、不当利得返還請求権に基づき、保険料一億四七九〇万一六〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成六年八月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
3 不法行為(争点2)
(一) 変額保険は、前記一の5記載のとおり、株式市況等により保険金額、解約返戻金の額が変動し、元本割れする極めて危険度の高い保険商品である。したがって、坂中は、本件変額保険契約の勧誘に際し、原告に対し、将来の運用実績について断定的判断を提供する説明を行ったり、特別勘定の運用実績について恣意的に過去の特定期間を取り上げ、それによって将来を予測したり、保険金額及び解約返戻金額を保証するような説明を行ったりしてはならない注意義務を負い、変額保険の仕組みや危険性を十分説明する義務を負っていたというべきである。
ところが、坂中は、右注意義務及び説明義務に違反したばかりか、前記のとおり、運用利回りの高さと相続税対策の有利性のみを強調し、右危険性を秘匿して虚偽の事実を告知して原告を錯誤に陥らせ、無効な本件変額保険契約を締結させた。
坂中の右行為は、不法行為を構成するというべきであり、被告保険会社は、坂中の使用者として、使用者責任を負う。
(二) また、本件変額保険契約のように融資一体型の変額保険の場合、阿部は、被告銀行の従業員として変額保険に加入させるための勧誘に同行していたのであるから、坂中が負うのと同一内容の注意義務を負い、原告が変額保険の仕組みや危険性について錯誤に陥らないように説明すべき義務があったというべきである。
阿部は、右注意義務及び説明義務に違反し、前記のとおり原告の誤信を強めるごとき説明をして、原告に対して本件変額保険契約を締結させた。
阿部の右行為もまた不法行為となり、阿部の右不法行為は被告銀行の事業の執行につきなされたというべきであるから、被告銀行は、阿部の使用者として、使用者責任を負う。
(三) 坂中及び阿部の各不法行為は、右両名が変額保険の加入を勧誘するため連絡を取り合って原告方を訪れた上、その勧誘の際に行われたものであるから、共同不法行為に当たるというべきである。したがって、被告らは、原告の被った後記(四)の損害について連帯して賠償すべき責任を負う。
(四) 損害
(1) 原告は、被告銀行に対し、本件消費貸借契約(ローン契約分)に基づく借入金に対する利息として、平成六年五月二三日までに四〇四五万二二一四円を、その後平成八年九月三日までに一五七四万五八一二円を支払った。
(2) 原告は、右利息の支払のため、被告銀行から融資を受けたが、これに対する利息として、平成六年五月二三日までに三八九万一八七九円を、平成八年九月三日までに五一一万六九二〇円を支払った。
(3) 原告は、本件消費貸借契約による借入金債務を担保するため本件不動産について根抵当権を設定したが、その費用として三五八万七八二八円を支払った。
(4) 原告の支払う弁護士費用のうち六六七万九四六五円は、坂中及び阿部の不法行為と相当因果関係を有する支出というべきである。
(5) よって、原告は、被告ら各自に対し、共同不法行為として、以上の合計額である七五六七万四一一八円及び内金四七九三万一九二一円に対して本件訴状送達の日の翌日(被告保険会社については平成六年八月九日、被告銀行については同月六日)から、内金二七七四万二一九七円に対して不法行為の後の日である平成八年九月四日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 被告保険会社の主張
坂中は、原告に対し、本件変額保険契約の勧誘に際して、変額保険は、株式や債権等による運用実績の影響を受けるため、保険金額が増減するものであり、高収益性がある反面、株価の低下等による投資リスクのあることを十分に説明した。原告は、坂中の説明を熱心に聞いており、資産運用は株式だけかなどといった質問をしたほどである。
坂中は、右勧誘に際し、原告に対して設計書やパンフレットを交付して説明した。設計書には、変額保険の仕組みの説明が明記され、保険金額が変動する様子が図示されている上、特別勘定がどのようなものであり、いかなる運用がされるかについての記載があり、投資リスクについても分かりやすく記載され、また、運用利回りを九パーセント、4.5パーセント及び〇パーセントとした場合の表が設けられていた。パンフレットにも右同様の説明文が記載されていたから、原告は、これら書面によっても、変額保険の仕組みと危険性とを十分認識できたものである。
五 被告銀行の主張
1 阿部は、原告らに対して、保険料に支払に関する融資手続について説明しただけであって、借入金の元利合計は死亡時の保険金でまかなうことができるとか、保険会社の運用実績が常に銀行の貸付利息を上回るといった説明をしたことはなく、また、変額保険に入っている限り抵当権実行が絶対にあり得ないなどと告げたこともない。
本件において、変額保険加入の勧誘及び変額保険の仕組みの説明は、被告保険会社の坂中が行っており、その主要部分は、阿部が原告と面談する以前に終了していたものである。
2 そもそも、銀行の従業員は、生命保険募集人でない以上、保険を勧誘したり、その内容について説明することを禁止されているのであるから、阿部が変額保険の内容に立ち入って、坂中のした説明を補足訂正すべき義務は存在しないといわなければならない。
また、本件消費貸借契約は通常の融資案件と異なるところがなく、本件変額保険契約は被告保険会社と被告銀行とが連携した融資一体型のものではない。
したがって、被告銀行には、原告主張のような注意義務及び説明義務は存在しないから、これを前提とする不法行為が成立する余地はない。
第三 当裁判所の判断
一 本件変額保険契約の締結に至る経緯等について
1 甲第一八号証の一ないし六、第一九号証、第二〇号証の一ないし三、第二一ないし第二三号証、第二六ないし第三一号証、第三二号証の一、二及び第四二号証、乙第一ないし第四号証、第六及び第七号証、丙第一一号証、証人坂中良夫、同高橋イチ、同阿部豊の各証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(争いのない事実を含む。)。
(一) 原告は、大正一五年二月四日生まれであり、東京農業大学を卒業後、同大学に勤務し、昭和四六年四月から同大学の教授となり、昭和五六年からは同大学の理事長の地位にあった。原告は、平成元年三月、同大学を退職し、同年四月からは、青葉学園短期大学教授となり、本件変額保険契約の締結当時、その地位にあった。
原告、静子及び和義は、高橋の紹介により被告保険会社の終身生命保険、年金保険に加入したことがあり、また、原告は、昭和五八年ころ、東京農業大学附属高等学校の団体定期保険の加入に際し、高橋を同校に紹介したことがあった。
また、原告は、株取引はもとより証券会社との取引の経験はなく、銀行等から融資を受けたこともなかった。
静子は、昭和五〇年ころから被告保険会社の特約店を引き受けていたが、勧誘実績は全くなく報奨金等を取得したことはなかった。
(二)(1) 原告及び静子は、別紙物件目録記載一の土地を共有し、原告は、同目録記載二の建物を所有していたが、折から地価が高騰していたため、原告が死亡した際の相続税の負担が過重となり不動産を切り売りせざるを得なくなることを懸念していた。静子は、家が近くかねてから親交のあった高橋に対し、平成二年三月ころ、原告の兄が死亡した際に相続税を支払うため土地を売却せざるを得なかったことなどから、相続税の負担について心配している旨の話をした。これに対し、高橋は、被告保険会社には相続税対策のための良い方法があると述べ、上司を連れて説明に行く旨約束した。
高橋は、平成二年四月中旬ころ、上司である坂中を伴って原告方を訪れ、原告及び静子と面談した。
(2) この際、坂中及び高橋は、原告夫妻に対し、シミュレーション表(甲第二〇号証の一ないし三)のほか、変額保険のパンフレット(甲第二七号証)及び設計書(乙第一号証と同型式のもの)を交付し、さらに、原告の資産について相続税が発生した場合の試算額を示して生命保険への加入を勧める「生命保険を利用しての相続対策の提案について」と題する書面、巨額の変額保険を利用した相続税対策が有効である旨紹介する「ばんぶう(平成元年一〇月号)」と「納税通信(平成元年九月四日号)」の写し及び相続税負担額の早見表並びに相続税についての国税庁の説明用しおり(甲第一八号証の一ないし六、甲第一九号証)を資料として交付した。
右パンフレットには、「変額保険とは……保険料は一定で、保険金額が特別勘定の資産の運用実績に基づいて増減する生命保険です。」と大書されていたほか、死亡又は高度障害が発生したときには基本保険金が最低保証されるが、変動保険金については運用実績に応じて保険金額が変動することが図をもって記載され、一定の運用実績を仮定したものであることを明記した上で、特別勘定の資産の運用実績が九パーセント、4.5パーセント及び〇パーセントの各場合について、死亡又は高度障害保険金及び解約払戻金がどのような額になるかを経過年数毎に表示した表が掲載されていた。
また、設計書には、被保険者を原告、基本保険金を二億円とした場合に、保険料がいくらとなるかが記載され、運用実績によって変動するため将来の支払額を約束するものではないことを断った上で、特別勘定の資産の運用実績を九パーセント、4.5パーセント及び〇パーセントの各場合に分けて、死亡又は高度障害保険金及び解約払戻金が長期的にどのように推移するかを表示した表が掲載されていたほか、死亡又は高度障害の発生したときには基本保険金が最低保証されること、資産は独立して特別勘定で株式並びに公社債等を主体とした運用がされること及び契約者は高収益を期待できるが株価の低下や為替の変動による投資リスクを負うことが不動文字で記載されていた。
さらに、「生命保険を利用した相続税対策」と題するシミュレーション表は、原告を被保険者とし、基本保険金を二億円としたものと、原告及び静子を被保険者とし、原告の基本保険金を一億五〇〇〇万円、静子の基本保険金を五〇〇〇万円としたものとにつき、保険料を借り入れて変額保険に加入した場合の保険金総額、借入元利金及び相続税額を計算し、加入しない場合の相続税額を表示して、五年、一〇年及び一五年経過後について、どの程度の節税効果が見込まれるかを示した表である。
なお、前記「納税通信」の変額保険を利用した相続税対策を紹介する記事には、銀行からの借入利率が高かった場合に問題点がある旨の記載があるが、坂中及び高橋が原告夫妻に交付した同記事の写しには、この部分は含まれていなかった。
(3) 坂中は、原告夫妻に対し、変額保険について、死亡の際の基本保険金額が最低保証されていること、払い込まれた保険料は特別勘定によって運用され、その運用の結果によって保険金額が変動することを説明した。そのうえで、坂中は、保険料については銀行から利息ともども借り入れられ、保険料の払込みについて自己資金を必要としないことを述べ、シミュレーション表を示して、これについては運用利回りを九パーセント、借入金利を七パーセントと仮定したものであることを断った上で、相続税対策として変額保険に加入した場合にどの程度の節税効果があるかについて、五年、一〇年及び一五年後のそれぞれについて説明をして変額保険への加入を勧誘した。
さらに、坂中は、原告から変額保険の資産の運用について質問を受けたために、保険料の三分の一程度が株式に投資され、その他は公社債などで運用される旨返答した。
この説明を聞いた静子は、戦前のいわゆる軍事関係の株あるいは保険などのように資産がすっかりなくなってしまうことを心配し、このことについて坂中及び高橋に告げたところ、坂中は、それは戦争時の特別な事情によるものであって、運用については被告保険会社を信用してほしいと話した。
(4) この訪問の際には、原告夫妻は、坂中らに対し、変額保険の加入の諾否の返答をすることはなかった。
(三)(1) 原告は、変額保険に加入した場合には銀行から多額の借入れをすることになるため、長男である和義に対しても変額保険の説明をしてほしい旨を坂中に対して申し出た。坂中及び高橋は、右申出を受け、数日後に再度原告方を訪問した。坂中は、原告夫妻及び和義夫妻に対して、変額保険の仕組みについて前回と同様の説明をし、シミュレーション表の数値を示して節税効果について説明した。
和義は、勤務先において他の保険会社の営業員から変額保険について聞いたこともあったが、この時点では、坂中らに対し、変額保険の加入について返答をすることはなかった。
(2) さらに数日後である平成二年四月下旬ころ、坂中及び高橋は、新しく作成した同月二二日付けシミュレーション表(甲第二一号証)を持参して、原告方を訪ねた。
このシミュレーション表は、被保険者を原告(基本保険金二億円、保険料一億一五三七万円)及び静子(基本保険金五〇〇〇万円、保険料二四七一万円)とした場合のものであって、五年ないし二〇年後の五年毎の収支の推移が記載され、それぞれ節税効果がどのくらいあるかについて示されていた。坂中は、この表を用いて変額保険の仕組みについての従前の説明を繰り返し、相続税対策になることを説明して加入を勧誘した。
静子は、数度にわたる坂中の説明を聞いた上で、やはり銀行から土地等を担保にして多額の借入れをすることから、変額保険の加入に対して不安を抱いており、それを口にした。
(3) 平成二年六月に至り、坂中及び高橋は、また原告方を訪問し、新しく作成した同年五月二九日付けシミュレーション表(甲第二二号証)等を持参して、原告夫妻に対し、変額保険への加入を勧誘した。このシミュレーション表には、前回の場合のほか、原告及び和義を被保険者とした場合の収支推移等が記載されていた。
(4) 坂中及び高橋は、同年六月下旬にも原告方を訪問し、「西郷様相続対策プラン」と題する書面(甲第二三号証)を持参した。右書面は、八枚のシミュレーション表からなっており、原告及び静子が被保険者となるものと、原告のみが被保険者となるものとに場合分けし、それぞれの場合につき、原告及び静子のいずれについて先に相続が開始されるかを想定し、各場合について変額保険に加入したときの収支及び節税効果等が記載されていた。
(5) 以上の説明において坂中が作成し、持参したシミュレーション表は、一貫して、運用利回りを九パーセント、借入金利を七パーセントとするもので、それ以外の数値による表は示されることがなかった。
(四)(1) そのころ、坂中は、被告銀行玉川支店に対し、変額保険の保険料払込資金の融資利用予定者を紹介する旨伝え、また、高橋も同支店に対して電話をかけ、阿部に対し、原告の件を紹介するとともに、原告に融資について説明をすることを依頼した。その数日後、阿部は、被告保険会社において、高橋と面談し、原告に対する変額保険加入の勧誘の経過について説明を受けた上で、前記シミュレーション表の写しを手渡された。
そして、平成二年六月下旬ころ、坂中及び高橋は、阿部を伴って、原告方を訪問した。
この際、坂中が従前と同様に原告夫妻に対してシミュレーション表を示して説明したほか、阿部が被告銀行からの融資について説明を行った。阿部は、原告夫妻に対し、融資は変動金利であり、自宅の土地及び建物に根抵当権を設定した上で法定相続人全員が連帯保証人になることが必要であること、登記費用や融資手数料を借入額に含めることができることなどを説明した。
このとき、原告は、坂中に対し、被告保険会社の運用ならば大丈夫だろうと述べたが、まだ原告らの変額保険に加入する意思は固まっておらず、坂中及び高橋は、特に静子は変額保険に加入することについて不安が消えず、消極的であると感じた。
(2) さらに数日後、坂中、高橋及び阿部は、原告方を訪問し、和義に対しても融資等について説明した。
このとき、和義は、坂中に対し、変額保険にかかる資産の運用方法は何か、シミュレーション表に記載されたよりも運用実績が低下した場合にはどうなるか等について質問し、坂中は、これに対し、過去の運用実績からみて運用利回りがシミュレーション表に記載された九パーセントを下回ることはないであろうと答えた。
原告は、このとき、変額保険による節税効果は、変額保険の運用利回りが借入金利を上回ることによるものである旨の理解を述べたが、そのときに加入の意思表示はしなかった。
(五) 右訪問の数日後、原告は、変額保険に加入する意思を決め、これを高橋に伝えた。
原告及び静子は、本件変額保険契約の申込書(乙第二及び第三号証)に署名捺印するとともに、医師による健康診査を受けた。この際、高橋は、原告夫妻に対し、「ご契約のしおり 定款・約款」(乙第四号証と同様のもの)を交付したが、これには、変額保険の仕組み、資産運用方法などが記載されていた。また、原告は、被告銀行に対して融資の申込みをし、本件消費貸借契約を締結した。
その後、平成二年一〇月ころ、高橋は、「相続税対策の奨め」と題する書面(甲第二六号証)を原告方に持参した。この書面では、変額保険の有効性を強調するとともに、ハイリスクを負うことも警告しており、原告は、これをそのころ読んでいた。
(六) 平成三年三月になって、原告は、本件変額保険の運用状況を確認し、運用利回りが悪いことを知って坂中に相談するようになった。
その後、運用利回りがますます悪化し、原告は、本訴を提起するに至った。
2(一) 以上について、原告は、本件変額保険契約の締結に当たり、被告保険会社から、設計書を交付されたことはなく、パンフレットについては同契約締結後である平成二年九月ころに高橋が持参してきたと主張し、原告本人もこれに沿って、坂中に対してシミュレーション表以外に変額保険の説明用書類の有無について尋ねたところ、ないと返答されたと供述するほか、原告作成の陳述書である甲第三一及び第四二号証にも同旨の記載がある。
しかし、原告が、平成二年九月ころに高橋が持参したと主張するパンフレット(甲第二七号証)の裏面には、「H2・4」という記載のあることが認められ、同号証、乙第五ないし第七号証並びに証人坂中良夫及び証人高橋イチの各証言によれば、右記載は、当該パンフレットが平成二年四月版であることを意味すること、被告保険会社では、変額保険のパンフレットを平成二年七月に改訂したこと、改訂内容は、特別勘定の資産の運用実績例表の数値など重要な部分に関するものであること、被告保険会社では、通常、このように新しい資料が発行された場合、内勤の従業員が一括して資料棚を整理し、旧版の資料を廃棄処分する作業をしていることが認められる。したがって、本件においてパンフレットが平成二年九月に交付されたとすれば、同年七月に改訂されたものが渡されたはずであると考えるのが自然であろう。確かに、甲第三四ないし第三九号証(枝番号を含む)によれば、右廃棄処分は必ずしも徹底されていなかったことが認められる。しかし、契約締結後に格別に持参するとなると、最新版を使うのが当然であると考えられること、また、生命保険契約の勧誘の初期の段階では、勧誘員が当該保険の概要を説明したパンフレットを交付するのが通例であること、このことは、実績がないとはいえ被告保険会社の特約店となっていた静子はもちろん、高い学歴と立派な社会的地位を有する原告においても十分承知していたものと考えられるところ、そうした中で、坂中及び高橋が勧誘段階であえてこれを交付せず、契約締結後に至り突然交付しなければならない特別の事情の窺われないことなどからすれば、甲第二七号証のパンフレットは、平成二年四月ころの勧誘初期の段階で交付されたものと認めるのが相当であり、原告本人の前記供述部分等は採用できない。
次に、設計書については、乙第二及び第三号証並びに証人坂中良夫及び証人高橋イチの各証言によれば、原告を被保険者とする設計書は、入力ミスのものを含めて合計一一枚、静子を被保険者とするものについては同様に合計九枚作成されていること、シミュレーション表は、必ずしも設計書に基づいて作成するものではなく、将来価格表によって作成することができるものであり、右設計書の枚数はシミュレーション表の枚数とは必ずしも対応しないこと、設計書の控えは勧誘員が個人的に保管するが、保険契約締結後は必要がなくなるために廃棄するので、本件に関する設計書の控えは現存していないことが認められ、これらの事実と前記のように変額保険の仕組みについて設計書と同様の記載のあるパンフレットが交付されていたと認められること及び設計書には被勧誘者に固有のデータが記載され、パンフレットよりも変額保険の理解に資するものであることから、これを交付しない特別の必要性が窺われないことからすれば、設計書もやはり平成二年四月ころに交付されていたと認めるのが相当であり、これに反する原告本人の前記供述部分等は採用できない。
(二) 原告は、坂中や阿部が、前記勧誘に当たり、運用利回りとして九パーセントを仮定しているのは大蔵省の指導によりそれ以上の運用実績の場合を表示することが禁じられているためであり、実際の運用利回りは一〇パーセント以上であって、九パーセントを下回るようなことは絶対にないこと、保険事故発生時に支払われる保険金によって、銀行からの借入元利金及び相続税、所得税等を常にまかなえること及び変額保険に入っている限り担保に供した土地を失うようなことは絶対にあり得ないことなどを述べ、変額保険に加入することの有利性ばかりを強調して危険性を説明することがなかったと主張し、前掲甲第三一号証、第四二号証及び原告本人の供述には同旨の部分があるほか、同様の主旨の記載がある原告から坂中にあてた書簡(甲第一〇号証)及び原告作成の事実経過のメモ(甲第一四号証の一及び二)には、高橋の署名押印がされている。
しかし、甲第二〇号証の一(シミュレーション表)によれば、変額保険に加入して一五年経過時に相続が開始した場合、支払われる保険金は借入元利金及び相続税をまかなうには四五二一万円足りず、現実には相続人の持ち出しになることが記載されていることが認められ、それは甲第二〇号証の三及び第二一ないし第二三号証も同様である。そして、原告が前記勧誘に際してこれらのシミュレーション表を示され、その記載数値について説明を受けたこと、原告夫妻、特に静子においては被告保険会社の資産運用について信用がおけず、変額保険の加入について二か月以上にわたって考慮し、逡巡していたこと、原告自らが、保険料は何に運用されているのか尋ね、株式等に投資されるとの回答を得ていること、静子が坂中に対して戦前の軍事関係の株あるいは保険のように資産がなくなってしまうことはないかとの危惧を述べ、土地等を失うことについて不安を抱いていたこと、和義もまた、シミュレーショシ表に記載された九パーセントよりも運用利回りが下回った場合についての疑問を坂中に問い質していることは、いずれも、前記1で認定したとおりであり、かつ、原告本人も認めるところである。さらに、坂中及び高橋がパンフレット及び設計書を原告に交付していたことは前記認定のとおりであり、右書面において、変額保険は保険金額が特別勘定の運用状況によって増減するものであること、契約者が株価の低下等による危険性を負担することが明記され、運用利回りが4.5パーセント及び〇パーセントとした場合についての保険金額が記載されていることも前記認定のとおりである。そうすると、坂中が、これらのシミュレーション表、パンフレット及び設計書を前にして、運用について九パーセントを下回ることは決してなく、保険金をもって借入元利金及び税金を常に必ずまかなえると断定し、損失を被る可能性を一切告げなかったとは考えられず、原告の保険加入についての躊躇もこの危険性を告知されたことに由来するものと考えるのが相当であり、これに反する原告本人の前記供述部分等は直ちに採用できない。
そして、乙第六号証、証人高橋イチの証言及び原告本人尋問の結果によれば、甲第一〇及び第一四号証の一につき、高橋は、原告が坂中に対して提出した手紙又は原告の心覚えのメモであるとの認識のもとに、これらに署名捺印したものであることが認められる。前記のとおり原告が変額保険の加入に躊躇していたことからすれば、坂中は、右加入を勧誘する者としてその効果を説いたものと思われ、また、平成二年四月ないし六月ころにおいては、坂中が、特別勘定の運用実績の見通しについて楽観視し、その旨を原告に対して告げたとしても不思議はなく、現に運用利回り九パーセントのシミュレーション表以外は作成しないで勧誘していたのであるから、被告保険会社の資産運用に対する信頼を獲得するため、運用については特に心配しないようにと原告を説得したものと推認することができる。とすると、甲第一〇号証の手紙及び甲第一四号証の一及び二のメモは、坂中の発言などにつき一面的な見方からの誇張した表現などがされているにしても、交渉経過に関しては事実と掛け離れた内容を記載したものではないと考えられるし、高橋は、その証言においてこれらの書面が権利義務に関わるような類の重要な書面でなく、単なる私信等と考えていた旨述べているのであるから、同人が、これらに記載されている内容について、坂中の説得内容についての自己の認識とは厳密に一致していないところがあっても、原告夫妻との付き合い上、特に訂正を要求せずこれに署名捺印しても何ら不思議はない。したがって、これらの証拠について、高橋がその文言どおりの事実を承認して署名捺印したものとみるのは相当でないというべきである。
二 争点に対する判断
1 錯誤による無効又は詐欺による取消しの主張について(争点1)
原告は、本件変額保険契約締結の目的は相続税対策であり、危険があると知っていれば加入するはずがないとし、どのような場合であっても損失を被るような事態にはならないものと誤信して同契約を締結したと主張し、原告本人も同旨の供述をするほか、同人作成の陳述書(甲第三一号証)にも同様の記載がある。
しかし、前記一の認定説示に基づくと、原告は、勧誘に当たった坂中及び高橋から変額保険の仕組みについて説明を受けたことにより、自ら被告保険会社による運用実績が銀行からの借入金利を上回ることによって、変額保険が相続税対策となるものであることを認識しており、また、原告本人自身、右運用は上下するものであるが、他ならぬ被告保険会社を信頼してその運用に期待しようと考えた旨供述しているのであって、これらによれば、原告は、被告保険会社の運用実績が銀行の借入金利と比して落ち込み、損失を被る危険があることを理論的可能性として承知しており、その上で被告保険会社の運用を信頼し、損失を被るような事態にはならないと予測して本件変額保険契約の締結を決意したものと認めるのが相当であり、これに照らせば、原告についてその主張にかかるような錯誤があったとは認めることができず、原告の右主張は理由がない。
2 不法行為の主張について(争点2)
(一) 原告は、坂中が変額保険の危険性を説明せず、また、特別勘定の運用が必ず借入元利金の合計を上回るなどとする断定的説明を行ったとして、この行為が不法行為に当たると主張する。
しかし、前記認定のとおり、坂中は、原告に対し、保険料を銀行から借り入れて変額保険に加入することについて、保険料が株式等に投資されて運用されるものであり、そのため保険金額が変動し、損失を被る危険性のあることが分かりやすく記載されたパンフレット及び設計書を交付した上、口頭でも変額保険の仕組みについて説明し、原告は、そうした説明を受けた後、自ら、右危険性があることを理解して、損失を被らないとの見通しを立てて本件変額保険契約を締結したものであるから、坂中が説明義務を怠り、あるいは断定的判断の提供を行ったとする原告の主張は採用できない。
もっとも、坂中は、前記認定のとおり、変額保険への加入に躊躇していた原告に対し、相続税対策としての有利性を強調し、特別勘定の運用実績について楽観的な見通しを告げて勧誘を行っており、この勧誘行為が原告の右運用実績についての予測を誤らせたとすれば、その違法性を論ずる余地がある。しかし、前記のとおり、坂中は、特別勘定が株式等によって運用され、そのため保険金額が変動するものであることを説明し、原告においてもこのことを十分に理解していたものであるから、坂中において、当時の運用実績についてあえて虚偽の事実を告げたなどの特別の事情が窺われない以上、変額保険の基本的仕組みについての原告の理解度を前提とすれば、坂中が、被告保険会社が我が国の最大手の生命保険会社であることや今後の特別勘定の運用実績について楽観的な見通しを述べて勧誘に当たったとしても、当時の経済情勢の下では、それだけをもってしては、社会的に許容し得る範囲を逸脱した違法な勧誘行為であるとすることはできない。
(二) また、原告は、阿部が坂中の変額保険についての説明内容を補足訂正しようとせず、また原告に対して担保に供した土地等を失うようなことは絶対にあり得ないなどと述べたとして、この行為が不法行為に当たると主張する。しかし、前記認定からすれば、坂中の変額保険の仕組みや危険性についての説明には補足訂正を必要とするような不十分なものであったとはいえないばかりか、阿部においては、銀行の担当者として、単に融資手続について説明したにすぎないものというべきである。そして、本件証拠上、阿部が原告に対して、担保に供された本件不動産について担保権を実行することはなく、原告が絶対に右不動産を失うようなことにはならないなどと述べたものとは認められないことは前記一2(二)でみたとおりである。したがって、阿部の不法行為についての原告の主張もまた採用の限りでない。
(三) 以上のとおりであるから、原告の不法行為に関する主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
三 よって、原告の請求はいずれも理由がないので棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
別紙保険契約目録
一 名称
ニッセイ変額保険<終身型>
証券番号
八〇五―〇四三四四四〇
被保険者 原告
保険期間
平成二年八月一日より終身
保険料支払方法 一時払
保険料
七八六九万五四〇〇円
死亡保険金額 一億四〇〇〇万円及び変額保険金額
二 名称
ニッセイ変額保険<終身型>
証券番号
八〇五―〇四三四四四一
被保険者 西郷静子
保険期間
平成二年一〇月一日より終身
保険料支払方法 一時払
保険料
六九二〇万六二〇〇円
死亡保険金額 一億四〇〇〇万円及び変額保険金額
別紙物件目録<省略>